東大寺との
ゆかり

この度、華厳宗大本山東大寺様のご恩情により、神山町を本拠地とし、平安末期の壇ノ浦の戦いで滅びました平家方の武将、阿波民部大夫田口成良侯の追善法要を成良侯没後840年の本年より、侯に縁の深い東大寺様と吉祥院の合同法要として、毎年10月8日に重源上人をお祀りする東大寺俊乗堂(成良侯所縁の浄土堂跡)に於いて執行する事になりました。

東大寺・吉祥院合同法要

御導師 東大寺別當 橋村公英大僧正猊下
吉祥院 院家 新居道戒

日時 令和7年10月8日(水)午前10時より※毎年10月8日厳修
場所 華厳宗大本山 東大寺俊乗堂(奈良県奈良市雑司町)

法要次第

一、惣礼
一、唄
一、散華
一、表白
一、理趣経
一、廻向文
一、惣礼
一、平家琵琶奉納供養
妙音成道平家伝承会 会長
神戸市大日寺住職 髙橋弘圓 師

以上

東大寺を再建した重源上人、念仏修行に来寺

当吉祥院には、田口家累代と成良侯の念持仏と伝わる阿波三狐大弁財天を安置し、さらに当院縁起には、重源上人が若い頃に当院に来寺されたと記されており、重源上人と成良侯のお二人に所縁の寺院です。

境内にある田口成良の嫡子・教良の供養塚
当院の秘仏 阿波三狐大弁財天

阿波国内に建立していた浄土堂とお仏像を東大寺へ移したと、東大寺の古文書に記載

東大寺を再建された重源上人と成良侯は深い親交があったようで、侯が阿波国内(建立場所不明)に建立していた浄土堂(建立年と建立理由不明)と十体の丈六仏を侯の没後、上人が御堂と十体の内九体を阿波から東大寺に移したと、「南無阿弥陀仏作善集」ならびに「東大寺造立供養記」に記されており、改築した御堂の側には侯の供養石塔(東大寺寺中寺外惣絵図の中に記載あり)を建立し、厚く追善供養をしてくださった故事があります。このことから、この度、東大寺様よりご賛同を賜り追善法要が実現する運びとなりました。

この度の合同法要は、成良侯の御供養のみならず、重源上人に対する報恩、南都焼討ち並びに源平合戦の物故者の供養、世の人々皆の平安と幸せ、奈良と徳島の友好と繁栄を願う法要でもありますので、俊乗堂の堂内での参列と焼香は関係者のみですが、堂外からのお参りはご自由にできますので是非、ご参拝下さい。

最後になりましたが、この度の法要が執行されますのは、奈良市海龍王寺御住職であられる石川重元僧正様より多大なご尽力を賜り、東大寺様とのご縁を結んでくださったお陰でございます。ここに深く感謝の誠を捧げます。
合掌

令和七年五月吉日
吉祥院 院家 新居道戒 拝

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