阿波守・田口息継が、
弘法大師より授かった
弁財天様
伝によると、平安時代前期に阿波守だった田口息継候(たぐちの おきづく)が、弘法大師に願い出て、阿波国の守護と一族の繁栄を願い授かったのが、当院の「阿波三狐大弁財天」で、大師御自作の御尊像です。この弁財天の霊験によって、田口氏は阿波国内で力をつけ実権を握り、阿波国造家として一宮大粟庄(現・神山町)を本拠地として繁栄します。
田口成良の篤い信仰、
そして平清盛からの信頼で
従五位下民部大夫へ
平安時代後期に、息継候の子孫である田口成良候(たぐちの しげよし)が開運出世を祈り、弁財天の尊像を何処に行くにも常に携えて篤く信仰しました。そのうち、平清盛公の信頼を得て平家の有力な御家人となり、従五位下民部大夫兼阿波守に叙せられて、中央でも力を振るうようになります。また清盛公より、摂津国大輪田泊(現・兵庫県神戸市兵庫区)の、港の改修工事の奉行(責任者)を命ぜられて、宋(中国)との交易も任され、巨万の富を得ました。
信仰心を失い、手放す尊像。
平家滅亡後は当院へ
しかし、次第に成良候は傲慢になり驕り高ぶり、弁財天への信仰心を失っていってしまい、ある時、和田岬にあった清盛公創建の寺に、尊像を納めて手放してしまうのです。その頃からか田口氏の繁栄に影が差し、やがて平家とともに滅亡に至ります。後に、この尊像は、当院に遷され安置されました。
秘仏・阿波三狐大弁財天とは
弁財天には幾つかのお姿があり、その一つに、御食津神(みけつかみ)である宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の蛇体が弁財天の頭に乗り、同体になられた宇賀弁財天のお姿があります。宇迦之御魂神は蛇と狐で表すのですが、弁財天では、通常は蛇で表し、狐は表現しません。ですが、当院の弁財天は、その両方が表現されていて、衣の裾からは蛇の尾を出し、台座には御食津神(三狐神)を表す三匹の黄金の狐がいるのです。さらにその下には、大地からは大小数々の宝珠が生み出されている様子を表す彫刻があり、大変に珍しく有難い尊像です。
正しい心で信仰すれば諸願成就に御利益があり、特に金運招福・開運招福・出世成就・起業成就・諸縁吉祥に霊験あらたかな仏様です。どうぞご縁を結びにお参り下さい。